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本線時刻表 1935(昭10)年3月 南海鉄道 132mm×75mm 七つ折 |
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温泉へは直通列車で その名も「黒潮」号 昭和初期の不況からようやく脱し、人々の生活にも余裕が出ると、温泉旅行やスキーといったレジャーも盛んになります。白浜は関西屈指の温泉ですが、大阪方面から向かうには、南海や阪和といった私鉄で和歌山まで行き、そこで紀勢西線(現・JR紀勢線)に乗り換える必要がありました。こうした不便を解消するため、1933年(昭8)に阪和電鉄の天王寺から白浜まで、直通列車の運転が始まりました。 翌年には阪和と並行する老舗、南海の難波からの直通運転も開始。毎週土曜日の午後、電車に牽引された客車が「黒潮」号として、南海線内はノンストップ55分(通常の特急は1時間)で走り、省線に乗り入れて夕方に白浜到着というダイヤでした。 この列車の指定券は、上右の画像のようなもので(左半分が表面・右半分が裏面)、硬券にしては珍しく絵入り。乗車記念スタンプもあったようです。(これは難波駅備え付け?) 直通運転は本数を拡大し、この時刻表の裏表紙の通り、やがて毎日運転となっています。 戦前の白浜直通運転は、1937年(昭12)に戦火の拡大の中で廃止され、短命に終わりました。しかし、戦後早い時期に再び南海によって復活し、「くろしお」号・「きのくに」号として長らく親しまれましたが、並行する国鉄の電車特急化など、輸送環境の変化の中で再び消滅し、すでに20年ほどが経ちました。 |
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時刻表には、南海・省線直通列車が3本見られます。日曜の朝発・平日の午後発・土曜午後発のものです。 特に、一番右に見える土曜午後2:25発のものは、「黒潮」号として、和歌山のみ停車の高速運転を実施していました。 (「白濱口」駅はのちに「白浜」駅に改称) 現在、天王寺・白浜間は、特急で約2時間あまりで結ばれています。 |
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関連項目 私鉄黄金時代−南海電車との激闘(阪和電鉄、1932年−1933年) 私鉄黄金時代−伊勢まいりの高速電車(大阪電気軌道・参宮急行電鉄、1932年) 箱根行き・元祖ロマンスカー登場(小田原急行鉄道、1936年) 内海に白い航跡を引いて−水中翼船の時代(南海汽船、1964年) |
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