戦後日本の航空会社(日本航空) | |
新機種の導入や路線の拡大が急速に進んだ、華やかな成長時代の、日本の航空各社の時刻表です。 まずは、日本の象徴でもある日本航空の時刻表から。 唯一の国際航空会社として、また国内幹線の第一人者としての栄光の軌跡を語ります。 寝静まった下界の遥か上空、星空を翔ける深夜便があったことも見逃せません。 |
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日本航空 左:旅客運賃時刻表 1953年(昭28)8月 右:CONSOLIDATED SCHEDULE 1953年(昭28)7月 ・前年10月より、ノースウエスト航空への運航委託を解除し、自主運航を開始。 ・米軍関係者の便宜を意識し、三沢・名古屋・岩国にも寄港。 ・使用機はダグラスDC-4型。(別名「スカイマスター」) ・表中の「*」は食事サービスを表す。 ・東京−札幌間は9,350円、東京−大阪間は5,500円であった。(当時の大卒初任給が約8,000円) [この年…テレビ放送開始、奄美群島が日本に復帰] |
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1954年(昭29)2月の国際線時刻表は本館をご覧下さい。 | |
日本航空 国内線定期時刻表 1954年(昭29)11月 ・ローカル線運航会社の成長促進の観点から、三沢・名古屋・岩国への寄港を取りやめる。 ・東京〜福岡ノンストップの「特急便」1往復には、国際線用DC-6Bが就航。 [この年…洞爺丸台風] |
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日本航空 国内線定期航空案内 1959年(昭34)5月 ・表紙には、当時の主力・ダグラス機のイラスト。 ・札幌線が6往復、大阪線が5往復、福岡線が3往復。 ・ダグラスDC-4型10機には、山の名前を命名。 (機名が紹介されている:白馬、高千穂、榛名、十勝、阿蘇、穂高 等) [この年…皇太子(現在の天皇)結婚] |
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日本航空 TIME TABLES AND FARES 1960年(昭35)4月 ・当時はまだ全便プロペラ機。 ・国際線の機種は、ダグラスDC-6BおよびDC-7C。 ・アメリカの目的地は、サンフランシスコ、ロサンゼルス、シアトル。 ・アジアの目的地は、台北、香港、バンコク、シンガポール。 ・ファーストクラスには「きく」、ツーリストクラスには「さくら」の愛称がついていた。 ・この前年頃から「鶴丸」ロゴが使われ始める。 [この年…日米新安保条約調印、アフリカの植民地独立] |
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日本航空 国内線時刻表 1960年(昭35)11月 ・一枚の両面に南下便と北上便を掲載。 ・主力はDC-4。国際線ジェット化で浮いたDC-7Cを札幌線、DC-6Bを福岡線の一部に使用。 ・この年から東京−福岡に深夜便「ムーンライト」が就航開始。 ・全体的に便数が増大した。 |
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1961年(昭36)4月の時刻表は本館をご覧下さい。 | |
1961年(昭36)9月の国内線時刻表は本館をご覧下さい。 | |
日本航空 国内線時刻表 1963年(昭38)7月 ・国内線初のジェット機、コンベア880M型機が描かれる。 (1961年より、東京−札幌と東京−福岡に就航。) ・東京−大阪−福岡に夜行便「ムーンライト」運航。 ・同じく東京−札幌に夜行便「オーロラ」が運航。 ・使用機はダグラスDC-6B型機およびDC-7C型機が主体。 [この年…国鉄鶴見事故、ケネディ大統領暗殺] |
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日本航空 TIMETABLES・FARES・RATES 1964年(昭39)9月 ・東京オリンピック開催で、五輪マークが表紙に描かれる。 (日本航空はオフィシャル・エアラインであった。) ・国際線は全便ジェット機で運航。(コンベア880MとダグラスDC-8型) ・この年から韓国線運航開始。 [この年…東海道新幹線開業、東京オリンピック開催] |
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1967年(昭42)3月の時刻表は本館をご覧下さい。 | |
日本航空 国内線時刻表 1967年(昭42)9月 ・鶴丸マークの描かれたシンプルなデザイン。 ・ボーイング727導入で、「国内線全便ジェット機就航」と書かれている。 (ただし夜行便と大阪−札幌除く。これらにはDC-6Bを使用。) ・食事時間帯の便には軽食サービスがあった。 [この年…日本航空世界一周線開設、第3次中東戦争] |
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1969年(昭44)4月の時刻表は本館をご覧下さい。 | |
日本航空 国内線時刻表 1970年(昭45)7月 ・表紙のスチュワーデスは、丁度この時に導入された新制服を着用。 ・当時乗客数最大を誇ったDC-8-61型が国内線に導入される。 ・夜行旅客便は無くなったが、夜間郵便専用便を運航。(YS-11使用) [この年…日本万国博覧会、「よど」号ハイジャック] |
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