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ORIENT=CALIFORNIA SERVICE SCHEDULE FOR 1929 1928(昭3)年12月 日本郵船 226mm×101mm 四つ折 |
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名船「浅間丸」誕生 企業合併で誕生した豪華客船 日本郵船の1929年(昭4)版運航予定表は、この年に就航した、戦前の日本を代表する名船として名高い「浅間丸」をデザインしたものです。表紙には就航広告が掲載され、内部には航海番号「1」が付けられた、処女航海の予定も見えます。 大正から昭和初期の太平洋航路は、東洋汽船が就航させた「天洋丸」型(前項参照)によって運航されていました。しかし、不況や海外のライバル会社との競争で東洋汽船は経営不振に陥ります。登場時は日本初の本格的な豪華客船と謳われた「天洋丸」も、年月の経過とともに新船の登場が待たれていましたが、この状況を打開するために東洋汽船は日本郵船に吸収され、新船の建造計画は「浅間丸」型の登場として結実することとなりました。現在の、航空業界再編を思わせるようなエピソードです。 2週間で太平洋横断 「浅間丸」は、1929年(昭4)10月11日に横浜発太平洋横断に出帆しました。ホノルルを経由し、10月24日にサンフランシスコに到着。 船のサイズは、当時の大西洋航路に就航している欧米の客船と比較すると小振りでしたが、料理などの充実は著しいものがあり、そのサービスは世界中に知られたようです。その名声や東洋への憧れか、各界の名士の利用も少なくなかったと言います。 「浅間丸」には姉妹船として、「龍田丸」「秩父丸」の2隻が続きました。神社の名前を冠したこれら3隻は、戦前の太平洋航路の華として、1941年(昭16)夏の航路休止まで激動の歴史の中、日米間を往来しました。 |
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関連項目 日本初の本格的な豪華客船が就航(東洋汽船、1924年) ロンドン−横浜1ヶ月半・欧州航路の旅(日本郵船、1926年) 戦雲に覆われる日本の海外定期航路(日本郵船、1939年) 豪華客船が東洋諸港を結んだ最後の夏(日本郵船、1940年) |
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