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NYK 1936/04 昭和十一年度南洋航路定期豫定表
1936(昭11)年4月
日本郵船
546mm×390mm 1枚
 (画像は部分)
資源開発と日本の支配を支えた南洋航路

後の激戦地となる島々に夢を託した時代
 サイパンを中心とする南洋群島は、資源開発と勢力拡大を目的に、日本が開発に力を注ぎました。航空機が未発達の時代、それら島々への交通は船が中心でした。
 サイパン、パラオ、トラック、ヤルート・・・ここに紹介する当時の船便の運航スケジュール表では、毎週1便の割で横浜発着の船便が本土と南洋を結んでいました。しかし残念なことに、これらの島々もやがて戦場となり、多くの犠牲者の眠る地となります。

 南洋群島は、もともとドイツ領であったものを、第1次世界大戦の戦後処理で、日本が委任統治領として領有するようになったのがその始まりです。
関連項目

日本支配地域の拡大とともに広がる翼(大日本航空、1939年−1941年)
傑作飛行艇が結んだ南海の島々(大日本航空、1941年)
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