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SAILING SCHEDULE NO.4 1957(昭32)年1月 日本郵船 230mm×95mm 五つ折 |
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太平洋によみがえった「氷川丸」 海運王国日本の生き残り 1953年(昭28)7月22日、横浜港から一隻の客船が、北米・シアトルに向けて出帆しました。戦前日本の客船黄金時代を今に伝える唯一の生き証人として現在も横浜港で保存される、あまりにも有名な「氷川丸」。日本の客船が定期航路で太平洋を横断するのは、戦争前夜の1941年(昭16)夏に航路が休止されてから、実に12年ぶりのことでした。 ここに紹介するのは、その「氷川丸」の1957年(昭32)頃の運航予定表です。かつては姉妹船「平安丸」「日枝丸」と合わせて3隻で、2週に1回の割で日本とシアトルを結ぶ便が運航されていましたが、「氷川丸」1隻ではさすがに2ヶ月1回の割に激減してしまいました。それでも、まだ航空機が一般的でなかった時代、留学生などに重宝されたといいます。 いつかは本格的な客船を再び、という関係者の努力もあって「氷川丸」による船旅は1950年代を通じて維持されましたが、多額のコストがかかる客船事業に時代の風は冷たく、1960年(昭35)8月横浜発の旅立ちを最後に、「氷川丸」そして日本郵船の海外旅客定期航路は束の間の復活劇の幕を閉じました。 |
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神戸を始発とし、名古屋・清水を経由して横浜へ向かっていたことがわかります。 ちなみに、当時の日本交通公社の月刊時刻表にも、「氷川丸」の北米向けスケジュールが掲載されていました。 (ただし、日本向けの予定は掲載されていませんでした。この運航予定表には日本向けも掲載されており、貴重です) |
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関連項目 戦雲に覆われる日本の海外定期航路(日本郵船、1939年) 混乱する陸上輸送を補完した内航海運(日本郵船、1951年−1952年) |
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