"マンダリン・ジェット"がゆく(その5)
−民航空運公司資料館−


手荷物ラベル 【1953年(昭28)4月】

 当時の路線網が描かれていますが、注目したいのは、韓国の乗り入れ先が釜山であること。これは、朝鮮戦争によってソウルから退却せざるを得なかった事情を象徴しています。

"服務東方的"−アジアがグローバルな存在となった現在から見ると、こうしたキャッチフレーズは妙にノスタルジーが感じられます。
ルートマップ 【1950年代後半】

 左は表紙と裏表紙。裏表紙には台湾国内の路線が描かれ、台北〜台中〜台南〜馬公を結んでいたことが分かります。

国際事情を反映?
 下は国際線。共産圏と西側諸国が、微妙に違う色で塗り分けられています。
 路線も、実際の飛行経路そのままではないですが、共産圏の上空にかからないような描き方がされているようです。
機内食メニュー 【1960年代頃】

 これは軽食サービスのもの。(Snack Service) ケーキ、サンドイッチ、コーヒー、紅茶、ジュースが出されたようです。

 裏面に書かれた説明文
 CATがフラッグ・キャリアである中国は、世界でもっともホスピタリティのある国のひとつです。このメニューカードは、春節の頃に行われる、中国の子供達の伝統的なあいさつを描いています。

 この図柄のようなあいさつが、実際にどのようなものかは知る範囲ではわかりませんが、素朴で地域性をよく表した楽しいデザインです。なお、裏面は絵葉書として使えるようになっていました。
絵葉書 兼 コメントカード 【1960年代】

マンダリン・ジェットを"The Flying Oriental Palace" − 空飛ぶ東洋の宮殿 と謳っています。


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